レイ・クリンギンスミス |
レイ・クリンギンスミス氏は米国ミズーリ州カークスビルの弁護士で、主に、商法、会社法、不動産法、遺産計画法を専門としています。22年間勤務したカークスビルのトルーマン州立大学(旧ノースイースト・ミズーリ大学)では、総合弁護士および経営学の教授としての職を最後に1995年8月に退職しました。大学が一般教養と科学を軸とする教育機関へ移行した5年間に、管理学部長を務めた経験もあります。大学の職務を退職後は、2001年から2004年までの4年間、アデア郡政委員となりました。
1971年からメーコン・アトランタ州立銀行の理事、1989年にミズーリ州議会が設立したミズーリ・ファミリー・トラストの初代管理委員を務めました。シャリトン・バレー障害者協会では1982年の設立当初から会長に就任し、1988年にミズーリ州知的障害者のための計画審議会から保護者・介護者賞を授与されました。ボーイスカウト米国連盟グレートリバー支部の理事を務めた経験もあり、成人ボランティアとしてシルバー・ビーバー賞を受賞しています。カークスビルの統一メソジスト教会に所属しており、教会でもリーダー的役割を任されてきました。
1961年にロータリアンとなって以来、地区ガバナーを経て、1998年規定審議会(インド、ニューデリーで開催)ならびに2008年ロサンゼルス国際大会委員会の委員長として、RIに奉仕してきました。1985−87年度にRI理事となり、1986−87年度には理事会執行委員会の委員長を務めました。2002年にはロータリー財団管理委員、2005−06年度には副委員長、また2005年から2008年まで未来の夢委員を務めました。また、大口寄付者でもあり、財団の功労表彰状と特別功労賞を受賞しています。
配偶者のジュリー夫人は、メーコンとカークスビルの小学校で教鞭をとっていました。また、カークスビル地域の職業センターで子どもの発育を支援するプログラムのコンサルトも務めていました。クリンギンスミス夫妻にはレイさんとカートさんの2人の子どもと、モルガンさん、グラントさん、シドニーさんの3人の孫がいます。