第2回会員増強セミナー

2月18日(日)
第2回会員増強セミナーがガーデンホテル紫雲閣で開催されました。
各クラブの会長・会員増強委員長が参加されました。茂木正副ガバナーの開会点鐘後、同副ガバナー 相原茂吉地区研修ファシリテーター両名から挨拶をいただきました。

次に増強委員長・山本庄一からセミナーの趣旨説明・会員増強の現況 入会3年未満のアンケート結果の報告がありました。その後加藤玄静PGから「あなたのクラブは元気ですか~会員の維持、会員の勧誘~」というタイトルで基調講演をいただきました。ご自身の体験談を交えて、具体的な会員維持、増強、勧誘 会長の時間の重要性、ロータリーの一歩は研修からを力説され、何度も壇上から会員席まで近づき参加ロータリアンの本音を聞き出しておられました。大変勉強になり参加者全員が 明日から即実践できる内容でした。

第2部は各クラブの増強の現状報告、研修の内容等の報告をマイクリレーで発表していただきました。各2分の短い時間の中で各クラブの状況がわかり参考になりました。その後 深谷東RC 志木RC 川越西RC(3クラブとも際立って戦略的に会員増強を成功している)から増強戦略 計画 リストアップ 新人研修などの具体例を報告していただきました。

最後に相原茂吉研修ファシリテーター講評をいただき、増強の機運が益々上がりました。増強とは理屈でない熱意だ!!まさに実感したセミナーでした。

地区会員増強セミナー挨拶
地区ラーニングファシリテーター 相原茂吉(川越 RC)

先日実家で古いアルバムをみていたら1977年の地区大会の写真が出てきました。 私の父は当時、上福岡 RC の会員でした。 上福岡Rクラブは全員でたぶん40人くらいだったと思います。

上福岡で産婦人科を開業していた私の父は、 子煩悩で仕事一筋。 家族旅行なども大阪の万国 博覧会に一度だけ行ったことがあるのがたった一つの思い出です。 ゴルフも嵐山 CC の会 員権を一時募集の時にかったのですが64歳で早死にしましたが遂に一度もクラブを握る 事がありませんでした。 その父が唯一夢中になったのは、ロータリークラブでした。 川越 RC の子クラブとして上福岡 RC が発足、チャーターメンバーで入会して以来、父の日常は全く 変わりました。口ではロータリーは暇人のする事、忙しくてやっていられないとかなんとか 言いながら、しょっちゅうロータリーの仲間と一緒でした。

1977年の地区大会、 上福岡ロータリークラブでは奥様方は全員黄金色のお揃いの着物を ばっちりとあつらえて、すらっと並んでいる写真、もちろん父もタスキをかけて大勢の仲間 と乾杯したり談話したり、皆さんが幸せそうな賑やかな様子が懐かしく写っておりました。 当時の地域社会にとって、Rの地区大会は年に一度の最高のお祭りだったと思います。 私の伯父(養子になった)の会社でも、当時朝礼でロータリーの歌を歌い、事務所には4つのテストの額が飾られており社員で毎朝合掌しました。 父の車のボンネットの先にはロータリーの車輪のマークが取り付けられていて、都内のホテルなんかに行くと一目おかれ るんだよ、 と父のお供で運転をしていた社員はよく言っていたのを覚えております。

当時のロータリーの会員はロータリーで何をするのか?とかロータリーになんのメリッ トがあるのか?とか考えていたメンバーはあまりいなかったと思います。 ロータリーのメ ンバーであること自体が誇りであり、社会から選ばれた人という事でプライドをくすぐられたのではないでしょうか? 遠い昔、父にロータリーってなんですか?と聞いたとき「ロータリーはダンナの集まりだ よ」 と言ったのを覚えております。

それから何年かして、 私は高校生の時、昭和46年の時にロータリーの交換学生という立場でアメリカに夏休みを 利用して約2か月ホームステイした幸運に恵まれました。 ミネソタ州の州都ミネアポリス のエイハムさんという家庭です。 それはそれは大金持ち。 湖のほとりに自宅が3棟立ってお り、ホテルのロビーの様な全面ガラス張りの広いエントランスの前に、サロンのような応 接間。 真っ白のグランドピアノ、地下にはワインセラーに豪華なマホガニーのビリヤード台、台所には大きな冷蔵庫にたくさんの食糧。 庭には3面のテニスコート、そして昼間はいつも 目の前に広がる湖で毎日水上スキーを楽しんでいた体験。 いくら成功しても日本ではあり えない豪華なものでした。幾度かミネアポリスの例会に連れてってもらいましたが、みんな 大きくて恰好よくて、見上げるような人ばかり。 高校生の私は唯々圧倒されるばかりでした。 名犬ラッシーの時代の古き良き時代のアメリカの象徴、その中でも成功者の集まりである ロータリークラブメンバーは桁外れの感じがしました。 当時エイハムさんが言っていたの は、自分は中の上だと言っていたのを覚えています。

終戦後、荒廃した日本で働いて一生懸命に頑張った、日本人のあこがれ。 それはア メリカであり、アメリカで発祥したロータリーもまた、一種のあこがれの一つであったと思 います。 先代の求一朗も実家の父も、ロータリアンであることに満足と誇りを持っておりました。 その魅力は奉仕の精神でしょうか? いいえ、多分本音は自分達は選ばれた人だったか ら、ではないかと思います? それほどロータリーの会員になる事は魅力的であったので しょう。

それから時代は変わりました。

日本は勿論の事、先進国は会員の減少に歯止めがかからず、躍起になって会員増強を御題目 にあげています。 理由は簡単で、ロータリー以外に楽しい事やプライドをくすぐるクラブなどが出てきたか らでしょう。 奉仕をする機会も仕組みも、至るところにあります。 それと先進国では中産階 級が減少して、 一部の超リッチな人達と 「その他」 という社会構造になりつつあり、その他 の人達はロータリークラブなどをやっている経済的・精神的な余裕もなくなっているのか もしれません。

私達、第2570地区でもロータリーの会員が、なかなか増加しません。それどころか後 2~3年経つと相当数の減少が想定されています。 そして、最近の若い人がなかなかロータリーに入ってくれません。 入ってものすぐに退会してしまうケースもしばしばです。 退会の理由は簡単、魅力を感じないからです。 辞める人は、貴重な時間を割くほどの価値を 見出せないからです。 その為 RI は R の存続のために戦略計画を立てました。即ち、どうすれば会員が増える か? どうすればRに魅力をかんじてくれるのか?をです。 そもそもロータリーが奉仕の精神を養う団体で自己研鑽を目的とするクラブであるならば、 無理に会員を募集してその存続と継続に一生懸命にならなくても、できる範囲でやればい いのでは思いますが、いまや巨大な組織となってしまった RIはそうもいかないようです。 さて、 私の経験を話します。 私は平成16年に川越RC入会致しました。 平成11年に先代が逝去して、度々のお誘いを 受けておりましたが、ついに断り切れずに入会を承諾したのが事実です。というのは、まず もってロータリーがなんなのか全く分からなかった。幼いころから何となくロータリーの 世界と接していたものの、そんな事をする暇があったら仕事やゴルフをやっていたほうがまし、 みたいな考え方でした。

で、入ってみて感じた事は、ほとんどのメンバーが自分よりも先輩でした。 例会の出席や いくつかの行事。 義務的に行わなければならない事は些か億劫でした。 ただ、川越という地 域社会で生きていくのに、絶対必要ではないけれど所属していたほうがbetter かもしれな い、という程度でした。 しかし、考え方が変わったのは会長を経験してからです。 会長になると会長挨拶をしなければならないので、どうしてもある程度の勉強やら積極 的な活動経験、地区の勉強会の参加が必要になってきます。 話す内容も恥をかかない程 度に考えなければいけません。 教科書で読んだ内容ではダメなんです。 自分の体験を話 さないといけません。

そうすると少しづつロータリーの活動の意義を理解し始めました。 今でも鮮明に印象に 残るものがありますが、 特に私にとって一番感激したのは、 青少年奉仕活動でした。 一つは 青少年サッカー大会の表彰式、もう一つは川越市少年の翼です。 寒いグラウンドで開催され たサッカーの表彰式にメダルをあげた時の少年達の嬉しそうな日焼けした笑顔と済んだ瞳 は、ああ今こうして、この役目をやっていて本当によかったと私の心を実にホットにしてく れました。 また、 少年の翼は川越市の全中学22校の生徒会長と副生徒会長44名が北海道 の中札内村に約1週間の体験実習にいくプログラムです。 市役所で行われた出陣式にRの 会長として出席していましたが、全員が真っ白のポロシャツにベージュの綿パンをはいて 緊張の中で起立!礼! を颯爽と行う場面は鳥肌が立つような感動を覚えました。 本当に清 潔感にあふれる若者のエネルギーと穢れのない雰囲気は将来この子達が私達の日本を支えていくんだという思いと期待、それは私の胸を本当に熱くしたものです。

米山奨学生の面接試験も勉強になりました。 東京ロータリークラブ例会訪問も日本の産業を担っている一流の人達に触れる事ができ て、緊張したものです。こういった思いは RCに入会しなければ決して触れることができなかったでしょう。

それともう一つの大きな感動は立原ガバナーの時に同行したバンコクの国際大会でし た。世界中から多くのロータリアンが出席している巨大なホールで、 参加各国の名前がよ ばれた時です。 「Japan」 とよばれた時に我々日本人が一斉に起立して拍手を受けたのです。 これも鳥肌のたった感動でした。 自分が日本人であることを意識できる、こういう機会は ロータリーのメンバーでなければあり得ない事です。

先輩達が設立、育んでくれたロータリークラブ、今と昔はそのモチベーションや価値観は かなり異なっていると思います。 が、私の様にいやいや入会した者でも、流れの中で様々な 体験をしてくるとロータリーならではの醍醐味を知る事ができるのです。即ち積極的に参加してみて初めてロータリーのすばらしさがわかるのです。

今思うに、いろいろな事を共有しながら、一人ではまず難しい、 自己研鑽に繋がる感動 を与えてくれるロータリークラブ。その意味をもっと理解して存続させなければいけない、 そうする事が経済活動のみに固執しがちな私達の人生に潤いと感動を与えて、社会をより よくしていく土台になる精神的支柱ができるのではないかと思うのです。

皆さん、是非ともこのロータリーの灯火を続けようではありませんか。 其の為には、継続の為には、何としても新しい力が必要なのであります。 本日は、大先輩の加藤玄静パストガバナーに会員増強の極意を伺います。 みなさん是 非とも、本日のお話を拳拳服膺してクラブに帰って会員増強をしてください。 増は会員 を増やすこと、強はクラブを充実させることです。 どうぞよろしくお願いいたします。

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